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中国茶の歴史
ここでは簡単に中国茶の歴史を日本との関係を含めて簡単にまとめてみました。
現在世界で愛されているお茶の製造・お茶を飲む習慣は中国から伝わったものといわれ、
中国茶の歴史は海外に伝わってからさらに2000年あると推測されています。歴史をひも解くと、
南宋(1127〜1279)時代の呉自牧が記した「夢梁録」には既に人が毎日欠かしてはならない
八つの物、「薪・米・油・塩・醤油・酢・酒・茶」の内に数えられ、中国茶の歴史の奥深さを感じ
ます。 その後、元(1271〜1368)時代に八つのうちの“酒”がなくなり、元時代の劇の中で、
朝起きて家を出るまでに必要な七つの物のひとつとうたわれ、中国茶が当時から人々の日常
生活に重要な位置を占めていたことがわかります。
“茶”(以前は草かんむりに余)という字は元々本来の意味は“苦菜”で、以前の人々が
中国茶に対する認識がまだなく、苦い味の野菜と同じだと感じたところからこのように呼んだ
と思われますが、一般の苦い野菜と効能が違うと認識した時点から単独で“茶”という字が
使われるようになったということです。
神話の中で最初に中国茶を発見したのは病気を治すことで有名な「神農」で、「神農」が
ある日水を沸かすとき、お茶の葉の付いた枝を釜に入れたところ、病気を治す効果がある
ことを発見したとか、ある日100の草を試したところ72の毒に中ったがお茶で解毒できたと
いう伝説があります。発見されてからある期間お茶は飲料用というより治療用として使われ
ていたようです。西周(紀元前1046〜紀元前771頃)時代初期、中国茶は飲み物として発展し、
唐(618〜907)時代には遠くチベット、内モンゴルにも伝わりましたが、宋(960〜1279)時代に
やっと庶民の普段の飲み物として普及しました。今日の中国茶の加工方法・お茶の分類方法
などは明(1368〜1644)時代に確立されたものです。
秦(紀元前221年〜紀元前206年)時代以前は中国各地の言語や文字が統一されて
おらず“茶”の名称が各地で違っていたようですが、かの有名な唐時代の陸羽著「茶経」
以降正式に“茶”の名前が付いてから1200年あまりの歴史があります。
中国茶が日本に伝わったのは唐の時代、日本から最澄(805年)・空海(806年)など大量の
僧が中国に来たときに仏教伝来とともに日本の佐賀県に持ち帰ったのが最初と言われてい
ます。奈良・鎌倉時代のことです。現在では世界50カ国以上国々でお茶が栽培されています。
今でも佐賀県のお茶の中には中国製法茶を伝承したものがあるそうです。

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